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1980年代は、チラリズムが盛んな年代だった・・・。 1990年代のように、ヘアーモロだしとか、援助交際とか、コンビニに行けばスンゴイHな雑誌があるとか、そんな事はなかった。 ある意味清らかだったのだが、私にしてみれば、今の時代の若者が羨ましい! そんな時代故に、Hな物に対してもの凄く興味心を抱いていた。若かったということなのだろうか。 そんな、今ではなくしてしまった大切な何かを持っていた歳の頃、Hなゲームが出来ると知ったときの興奮はもの凄いものがあった。Hな本を買うのでさえ困難だったのに、大好きなゲームでプレイできる知ったときの気持ちを何と言って良いのだろうか・・・。一言で言うと
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・・・話がそれていますな、失礼。
パソコンでHなゲーム。これは当然のように登場する物だったのかも知れない。なにしろ男という生き物は、みなHな生き物である(断言) 昔は”18禁ゲーム”というカテゴリーはなかったので、どういう基準で選別するかが問題なのだが、おそらく日本初のアダルトゲームは、光栄マイコンシステム社の『ナイトライフ』(1982年)だろう。ただこのゲームは、夫婦の夜の営みをシミュレーションするためのものであって、果たしてゲームと言っていい物か問題だ。 まあ、パソコン上で初めて開発された、性に関するソフトとして1番最初と定義してみた。 翌1983年から、アダルトゲームの数が増え始める。これはパソコンブームが訪れ始め、ハードの普及が上がってきたというのも、原因のひとつだろう。 だがこの時代のパソコンでは、グラフィックひとつをとって見ても、凄い物を期待しているプレイヤーを満足させられるものは無かった。期待に応えられるほどのパワーをパソコンは持っていなかったのである。メインメモリーも少なかったので、グラフィックを描くときには全部色を塗り終えるまで待たなければいけなかった。 内容的にも凝った物を作れるほどの容量を媒体(この頃はカセットテープ)は持っていなかったし、CPUパワーも無かった。よって、野球拳やパズルなどの単純な内容のゲームが多かった。 |
| それでもエニックス社から発売された『マリちゃん危機一髪』』(1983年2月)という野球拳 ゲームを夢中でプレーしていました。 しかもパソコンゲームで初めてプレイしたゲームは、このゲームだったりします。 |
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やがてPSK社の『ロリータ2 下校チェイス』(1983年)、光栄マイコンシステム社の『団地妻の誘惑』(1983年)、
チャンピオンソフト社の『四次元少女リディア』(1983年)などが登場し、少しずつゲーム性が高まっていった。 |
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そして驚く事に、この頃から”会話”を重視したゲーム が登場する。アスキー社から発売した『EMMY』(1984年)は、 女の子に会話を覚えさせていくゲームだ。 姿は大人だが、知識が全くないという設定。こちらが単語を入力していき、その言葉を覚えさせていくのだ。当然、ムフフな言葉を教え込むのだろうが、これがなかなか難しい |
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しはらくすると『EMMY2』(1984年)が発売され、更に美しくなった彼女にアタックとしたものである。 ちなみに、実写版はプレーしたことはないです。MSX本に付いてくるのでチャンスだ!? |
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